夏目 漱石なつめ そうせき

　夏目漱石（本名・金之助）は、慶応３年江戸牛込馬場下横町に父小兵衛（直克）母ちゑ（千枝）の五男として生まれた。生家は現在の喜久井町一番地にあたり、夏目漱石の『硝子戸の中』によれば、この喜久井町の名は夏目家の家紋（井桁に菊）にちなんで、当時町名主であった父が名づけたものであるという。また、生家の脇を馬場下町から南東に上がる坂を「夏目坂」としたのも漱石の父であった。
　既に高齢になっていた両親のもとに生まれた漱石は、生まれて間もなく四谷の古道具屋　（八百屋という説も）に里子に出された。その後、四谷太宗寺門前の名主であった塩原昌之助の養子となり同地に移った。９歳で夏目家にもどるが、実際の復籍は２１歳まで遅れ、生家と養家の間をめぐる複雑な関係のもとですごした幼少時代の体験が、のちの自伝的小説『道草』の題材になっている。
　明治１７年、東京大学予備門予科に入学、その後第一高等中学本科に進学すると、正岡子規と親交を持つようになり、漢詩文の批評を子規に求めるなどして、二人の交流は子規が亡くなるまで続いた。学業では英文学を専攻して帝国大学文科大学英文学科、大学院に進学をした。
　大学卒業後は教師として松山に赴任し、貴族院書記官長中根重一の娘鏡子と見合い結婚をした後、熊本に赴任した。帰京後単身ロンドンに留学、帰国後は一時、妻・鏡子の実家である矢来町の中根家に住んでいたこともある。以後、英文学者として大学の教壇に立つ日々であったが、明治３８年、高浜虚子のすすめで「ホトトギス」に『吾輩は猫である』を掲載、これが好評を博して文筆活動をスタートさせた。２年後には教職を辞して朝日新聞社に入社、作家として本格的に活動を始めることになる。
　この年に早稲田南町七番地に転居、亡くなるまでこの地に住んだ。いわゆる「漱石山房」はこの早稲田南町の家であり、ここは『坑夫』『三四郎』『それから』『門』など漱石の代表作の殆どが生み出されたところである。また、この漱石山房には小宮豊隆、森田草平、鈴木三重吉、寺田寅彦、芥川龍之介など数多くの門下生が出入りし、毎週木曜日を会合の日としたので「木曜会」とよばれた。
　大正５年１２月９日、胃潰瘍の出血により自宅で死去。法名は「文献院古道漱石居士」、遺骨は雑司ヶ谷墓地に埋葬された。漱石没後、早稲田南町の家は遺族が購入し、書斎部分を保存したが、戦災によって消失、現在はその敷地の一部が区立漱石公園となっている。