
プロフィール
生年月日 | 明治32年8月5日(1899年) |
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没年 | 昭和42年6月23日(1967年) |
職業等 | 小説家・詩人 |
出身 | 香川県生まれ |
ゆかりの地 |
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経歴
香川県小豆島に生まれ、苦学して小学校を卒業。郵便局、村役場に勤めて優秀で勤勉な職員となるが、大正15年に同郷の壺井繁治からの手紙に誘われて上京、繁治と結婚した。豊多摩郡世田谷町太子堂の二軒長屋に転居し、ともに貧しいアナーキスト詩人を夫にもつ林芙美子、平林たい子を知る。勤勉な栄は、繁治たちアナーキストの生活に違和感を抱いていたが、アナーキズムから離脱して全日本無産者芸術連盟に参加し、入獄を繰り返す夫を支えて献身的に働いた。昭和7年、日本プロレタリア文化連盟の文学組織、プロレタリア作家同盟の事務局がある上落合に転居。同年、繁治が検挙され豊多摩刑務所に入獄すると、救援活動を通じて佐多稲子、宮本百合子と親しくなる。同じ上落合に住む百合子の紹介で「文芸」に「大根の葉」を発表し。16年には『暦』で新潮文芸賞を受賞。戦後は新日本文学会の創立に参加し、27年の「二十四の瞳」はのちに木下恵介監督・高峰秀子主演で映画化されて全国的な人気となった。ほかに『柿の木のある家』『母のない子と子のない母と』など。
出典:新宿ゆかりの文学者