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尾崎 一雄おざき かずお

県立神奈川近代文学館所蔵(外部サイト)

プロフィール

生年月日明治32年12月25日(1899年)
没年昭和58年3月31日(1983年)
職業等小説家
出身三重県生まれ
ゆかりの地
  • 大正9年~大正13年末 高田町八幡坂(時習館)
  • 昭和2年~昭和4年 高田町八幡坂
  • 昭和6年8月~昭和7年10月 馬場下町 (東光館(春光館))
  • 昭和7年10月~昭和8年10月 諏訪町90
  • 昭和8年10月~昭和9年9月 上落合2-829
  • 昭和9年9月~昭和10年10月 下落合4-2069
  • 昭和10年10月~昭和12年9月 馬場下町41

経歴

 尾崎一雄は三重県渡会郡宇治山田町(現・伊勢市)に神官の子として生まれた。祖父の代までは神奈川県下曾我村(現・小田原市)の宗我神社の神官をつとめたが、父八束は神宮皇學館(現・皇學館大学)の教授となり伊勢に赴任していた。間もなく神奈川に戻り中学入学、この頃志賀直哉の『大津順吉』を読んで作家を志すようになる。
 大正9年、上京して早稲田高等学院に入学、高田町で下宿生活を始めた。入学と同時に文芸活動に打ち込み、やがて早稲田大学国文科に進学、志賀直哉にも知遇を得た。昭和2年卒業。昭和6年から約6年間、母校に近い戸塚・落合に住んだが、世界恐慌により生活は苦しく、志賀の好意で『現代語訳西鶴全集』第4巻に共訳として加わるなどして生計を立てた。時あたかもプロレタリア文学の興隆期にあたり、落合には左翼系の作家・芸術家も多数住んでいたが、一雄は「私は、左傾することはできなかった」と語っている。
 昭和8年の『猫』はプロの作家として起点となる作品であるが、同年の『暢気眼鏡(のんきめがね)』の成功により浅見淵に「野性とユーモアの混り合った」と評された尾崎文学が確立されたと言えるであろう。その後の作品もまとめ、昭和12年に発表した第1創作集『暢気眼鏡』は、この年の第5回芥川賞を受賞している。
新宿区内を描写したものに「もぐら横町」などがあり、壇一雄らと過ごした長屋時代のことが書かれている。
出典:新宿ゆかりの文学者